昨日、地表スレスレにかかる不思議な虹を発見しました。
夢中で車を止めて撮影したのが、↓下記の動画です。
なんと、よく見ると車が通るたびにピンクの光の柱が発生しています。
しかも、停車中の私の車の開いたドアからもピンクの光の柱が立っています。
「これはタダゴトではないぞ!」
その夜、この虹のことが気になって仕方ないのです。
「何かのお告げに違いない!」・・・・と。
そこで翌朝、再び撮影現場を訪れてみました。
すると、とんでも無いものを発見してしまったのです。
まずは、下記の動画をよーくご覧ください。
小さな神社を発見
撮影場所の近くにあったヒント・・・・
それは、小さな目立たない神社でした。
昨日は気づかなかったのですが、車を止めて撮影した場所「みくにの里直売所」のすぐ近くに、小さなお社を発見したのです。
さっそく参拝してみることにしました。
この神社、鳥居には「御霊宮」と書いてあるだけで、何の変哲も無い小さなお社です。
しばらくウロウロしていると、お社の裏側にもうひとつの鳥居を発見しました。
「変な神社だなあ、裏から入るための裏門だろうか?」
あまり気にも留めずに帰ろうとすると、ほとんど目に付きににくい場所に、下記の「ご由緒書」を発見したのです。
その御祀神を見たとたん、全身に震えが走りました。
そこには、「彦五瀬命」の名前があるではないですか。
しかも「御霊とは祖母嶽大明神の御霊をいい」とあるではないですか。
別名を「祖母嶽神社」ともいうらしいのですが、社殿が祖母山とは正反対の方角を向いています。
いったいこの神社は、どの方向にある何を拝むためのものなのか?
大混乱してきました。
【祖母嶽神社=御霊宮】〒879-7141 大分県豊後大野市三重町秋葉1231
この神社の御祀神・彦五瀬命とは?
ここで、知らない人のために解説しておきます。
彦五瀬命とは、そうあの神武天皇のお兄さんですよねえ。
「神武東征」に際して、一番最初に関西の地に足を踏み入れて、そこで地元豪族の長脛彦(ナガスネヒコ)と衝突してしまい、命を落とします。
本来ならばこのお方が「第72代・ウガヤフキアエズの命」に即位するはずでした。
ところが、長男が真っ先に戦死してしまったため、日向王朝は一族を挙げて奈良のナガスネヒコを滅ぼします。
そして兄弟の全員が戦死して、最後に残った三男・ヒダカサヌが「第73代・ウガヤフキアエズの命」に即位し、神武天皇と呼ばれるようになるのです。
(以上、ウエツフミの記述より)
⇒詳しくは、こちら。
※ちなみに、彦五瀬命の正式名称は、第72代・ウガヤフキアエズの命・彦・五瀬の命です。ウエツフミによると、「彦」は「男帝」であることを表し、女帝の場合はこの部分が「姫」となります。つまり、「五瀬の命」が正式名称なのですが、意図的にか?勘違いか?、通説では「彦五瀬の命」と呼ばれています。
通説とウエツフミの違い
問題は、なぜ三重町(大分県豊後大野市)に彦五瀬命が祀られているのか?ということです。
通説によると、神武天皇の一行は、宮崎県の美々津港を船で出港し、海路・大分県の佐賀関を通り過ぎて、そのまま宇佐に寄港したことになっています。
つまり、内陸部にある三重町には何の縁もゆかりも無いはずなのです???
ところが、ウエツフミはこれを否定しています。
すなわち、神武天皇の一行は大分県の竹田市あたり、そう祖母山の麓を本拠地としていたと書かれています。
⇒私の過去記事『「神武東征」の凱旋帰国ルートから、神武天皇の本拠地が明らかに!』を参照
だから今でも、竹田市神原(こうばる)地区の健男霜凝日子神社(たけおしもこりひこじんじゃ)には、彦五瀬命が祀られています。
つまり、祖母嶽大明神とは彦五瀬命のことであることが分かります。
⇒私の過去記事『祖母山大明神の正体とは?』参照
※ただし、この時点ではまだ確証が無かった。
さらに、久住町の猪鹿狼寺の縁起には、「久住山全体が彦五瀬命の聖域である」と伝えています。
⇒私の過去記事『久住山は五瀬の命の聖地だった!』を参照
今回、三重町でこの「祖母嶽神社」が発見されたことにより、神武天皇と兄の彦五瀬命が大分県を本拠地としていたという重要な証拠になります。
なぜそう言えるのでしょうか? 順番に説明しましょう。
この神社はどの方向にある何を拝むためのものか?
もう一度、虹と神社との関係に戻ります。
まず、不思議な虹が目撃された場所、そこには神社があり、そこから虹の現れた方角を拝むようになっているということです。
つまり、不思議な虹が「ここに何かあるよ!」と教えてくれて、「昔は神社からその方角を拝んでいたこと」を暗示しています。
しかも、その「何か」とは、彦五瀬命に関係のあるものらしいのです。
そこで、さっそく家に帰ってGoogle Mapで上空から見てみることにしました。
すると、とんでもない秘密が続々と姿を顕します。
まず、この神社のある場所、そこは「祖母山」と、和歌山県の「竈山神社」を結ぶ直線の真上に位置しているということです。
下記の地図をご覧ください。
祖母山は、彦五瀬命らが神武東征に出発した場所
竈山神社は、彦五瀬命が亡くなった終焉の地です。
この2か所を結ぶ直線の上に彦五瀬命の御霊を拝むための「祖母嶽神社=御霊宮」が建っています。
だから、裏鳥居があるのです。
つまり、表鳥居から拝むのは「竈山神社」の方角
裏鳥居から拝むのは、「祖母山」の方角であるということになります。
しかも、この神社を建てた方は、彦五瀬命が非業の最期を遂げたという経緯を理解したうえで、正確に「御霊」のある方角を再現しています。
つまり、鎮魂のために意図的に設計された神社であるということです。
そのほかにも何かがある?
さらに、ここからは大胆な推論になります。
一体なぜ不思議な虹は、地表に降りてきたのでしょうか?
つまり、「和歌山県だけではなく、ココにも何かあるよ」と教えてくれているとしか思えないのです。
そこで、まさに虹の出現したその場所の周辺に「何か」が無いかを探しました。
するとあるではないですか。
下記の地図をご覧ください。
虹の出現したあたりには、重要な聖地が3つあります。
(1) 吉井山と吉井神社
都からやってきた9人の女官が命を落としたという伝説の残る吉井神社には菊花のご紋章が掲げられている。
(2) 城山と城山神社
いかにもピラミッドを思わせる美しい山体は、彦五瀬命の御陵かも?
(3) 重政古墳と重政農場
4世紀頃の重要人物の古墳があり、県が所有していた広大な農地はもしかしたら宮殿の跡地?
この3か所のうちのどこかに彦五瀬命と関係のある重要なものが隠されているということになりますが、残念ながら今回はそれを特定するまでには到りませんでした。
さらに真相究明は続きますので、何か進展がありましたらまたご報告します。
なんだか、きっと出てきそうな気がするのです。
また不思議な自然現象が教えてくれそうな、そんな予感が・・・・
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