『万葉集』(巻1-13)には、中大兄皇子の作として、下記の歌があります。
香具山は 畝火(うねび)ををしと
耳梨(みみなし)と 相あらそひき
神代より かくにあるらし
古昔(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ
うつせみも 嬬(つま)をあらそふらしき
つまり、古代にも「畝火をめぐって香具山と耳成が争った」と歌われており、
「額田王をめぐって中大兄皇子が弟の大海人皇子と恋争いをしている」ことを託した歌だと言われています。
ところが、前段の部分は単なる例え話ではなく、実話であったことが分りました。
ただし、正確には「香具山をめぐって畝火と耳成が争った」ようです。
香具山のカカヨリ姫の物語
『上記(ウエツフミ)』によると、第69代の御世に、こんな「恋愛物語」が残されています。
少々長くなりますが、重要な記録なので正確に再現します。
秋津根(奈良県)と日下根(和歌山県)の国にある香具山の平らな麓に、地方長官(覇精高の上)のタナリヒコの命とハタド姫のあいだに生れた娘で、カカヨリ姫という大変美人が住んでいました。
人はみな恋に落ち、夜這いしたいと望んでいました。(原文ママ)
ここに、畝傍山に住んでいた地方長官の息子でタケミオオシの命という方が、カカヨリ姫に夜這いをかけようと、何日も夜ごとに通い続けて、とうとう成就しました。
また、耳成山の頂に住む地方長官の息子でツヌミシリの命という方も、同様にアプローチして、その侍女たちをも手なづけました。
タケミオオシの命も、そのことを盗み聞いて、またその侍女たちを手なづけました。
カカヨリ姫はその二股恋愛に悩んで、なすすべもなく、深い悩みを抱えていました。
そのことを父母に知らせて、避けようとしました。
しかし、このイケメン二人は、真っ向から「絶対に負けない!」と言うので、二股状態のまま、三年あまりもたってから、(本当のことを)言い出してみたのですが、止みませんでした。
だから、カカヨリ姫は二人の男と付き合うのがいやで、とうとう重い病気で亡くなってしまいました。
そこで、父母は悲しみ嘆いて、葬式を出すためオオナムジの神に祈り、泣きながら、
◆湯津爪櫛で髪を解いてミソギをさせて
◆眉毛を描き
◆歯をお歯黒に染めて
◆顔に白粉を塗り
◆唇には火丹草の花汁を含ませ
◆死に装束を六重に着せて
◆火丹色の腰太袴を穿かせ
◆頭に黄金の鏡鳥のかんざしを被らせ
◆手に檜の扇を持たせて
◆棺おけに入れて、御輿に乗せて
◆香具山の頂に埋葬して
◆オオナムジとスセリ姫を斎の神にお願いして
◆祝詞を上げて葬儀としました
(発掘されたときのために正確に記録しておきます)
だから、タケミオオシの命は、畝傍山の頂に洞窟を掘って、カカヨリ姫の幸魂を祀って、
ツヌミシリの命は、耳成山の頂に洞窟を掘って、カカヨリ姫の幸魂を祀りました。
以上が、この物語の現代語訳です。
神武東征前の大和三山には、出雲神道を奉じる人たちが住んでいた。
さてさて、この物語から二つの重要な事実が導き出されます。
まず、ご存知のとおりオオナムジとスセリ姫は出雲の神様であり、この第69代の治世には、まだクナト神とアラハバキ神を祀るナガスネヒコの一族は存在していないことになります。
神武東征が始まったのが、第71代の治世ですから、その少し前のことであり、皇祖神とニギハヤヒを祀る日向族も、まだここに移住してきていません。
第69代は、大分の御宝山に埋葬されていますので、この頃、日向族はまだ九州・豊の国が本拠地でした。
第71代の時代に、観測史上最大級の南海トラフ地震(M9クラス)が襲っており、それがちょうど紀元元年のあたりですから、推定、紀元前1~2世紀の出来事であると断定できます。
つまり、神武東征の約100年前には、大和三山には出雲族が居住していたことになります。
記紀が伝える「神武東征に先立ってニギハヤヒを担ぐナガスネヒコ一族が大和入りして王国を築いていた」という伝承は、全く間違いであるということです。
このことは、香具山の頂を発掘すれば証明されることでしょう。
さらに重要なことは、この時代、天の香具山は「誰のものでも無いし」、「神聖な場所でもなかった」ということが分ります。
地方長官の娘がお墓を作っても、誰もクレームしなかったということですから、この物語の主人公が、最初の遺跡になっている可能性が高くなりました。
この伝承は、かぐや姫の起源ではないか?
さらに、香具山に葬られたカカヨリ姫ですが、「香具山のカカヨリ姫」が短縮されて「かぐや姫」となった可能性は充分に考えられます。
二つの物語の類似性もさることながら、中大兄皇子が歌に引用したということは、当時、日本人のあいだで(特に奈良に住む人にたちにはことさら)強烈な印象として語り継がれていた有名な物語りであったということです。
そして、「かぐや姫伝説」の起源が分らなくなったのは、日向族の正史であった『ウエツフミ』とともに、何者かに抹消されて所在不明となってしまったからなのです。
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